正しくない恋のはじまり

「昨日、別の部署の子も言ってたよ」

同僚はここでようやく声を落とした。

「あの人、前に入った案件でも結構バッサリいったらしくて」

「…そうなの?」

「みたいだよー!数字の出し方とか、ぜーーーんぶ!見直させられたって」

笑い話みたいに言っているけれど、どこか引いている。
でも私は容易に想像できてしまって、笑えなかった。

「正直さ、関わりたくないタイプじゃない?」

軽い調子の言葉。でも、その奥にある本音は、分かる。
───分かる、はずなのに。

「……でも」

あの人は、違う気がした。
気づけば、口が動いていた。

同僚が「ん?」と首をかしげる。
続けようとして、言葉が止まる。

…私、なにを言おうとした?


「……いや、なんでもない」

小さく首を振る。
同僚は少し不思議そうな顔をしたあと、すぐに笑った。

「まあ、仕事だから仕方ないけどね」

軽く肩をすくめて、椅子ごと元の位置にころころと音を立てて戻っていく。

「とりあえず、関わらないで済むならそれが一番だわ」

そう言いながらくるっと前を向いて、キーボードに手を置いていた。


会話は、そこで終わった。

私はしばらくそのまま動けなかった。
画面を見ているのに、何も入ってこない。

いつからか、こういう時間が増えた。
…あの人が来てからだ。


───“関わらないで済むならそれが一番”。
……そのはずなのに。


さっきの距離と、あの声が、頭から離れない。


ぐちゃぐちゃなまま、小さく息を吐く。

そして画面に視線を戻す。
仕事をする。いつも通りに。

そうやって、また自分の中を整えようとした。