正しくない恋のはじまり

会議室に、沈黙が落ちる。
室内の視線だけが、まだ残っていた。


「……一点、補足してもいいですか?」

その空気を切ったのは、青砥さんだった。
それまで沈黙していた声が、初めて場に入り込んできた。

はっとして振り返ると、彼は壁際で立ったまま発言していた。

「本件の発端は、藤井さん個人の判断ではありません」

静かだけれど、はっきりとした声。

視線は私には向けない。距離も遠い。
その中で、彼だけが私の一連の流れや過程をすべて知っている。

「支払いログと契約情報の不整合は、システム上で検知可能な状態にありました」

青砥さんが、画面を示す。

「つまり、構造的に発見されうる問題です」

監査担当の視線がわずかに動いた。
いや、担当者だけじゃない。監査員と思われる全員が、そっと目配せしている。

「今回、藤井さんが最初に気づいたのは事実ですが、それは偶発ではなく、既存データから導けるものです」

彼は変わらず淡々と続ける。

「したがって、本件は個人の逸脱というより、管理体制の不備として扱うべきです」

完全に、事実として言い切る。

庇っているわけではない。だけど、切り離してもいない。
同じ土台の上に立たせるような言い方だった。

思わず、胸がきゅっと締めつけられる。


監査担当が、ゆっくりとうなずいた。

「……承知しました」

それ以上は何も言わない。
けれど、その一言でこの場の空気の流れが少し違う方向へ向かった。


会議はそのまま続いていった。

ログの詳細確認。
承認履歴の精査。
グループ間取引の適正性。

すべてが、感情を挟まずに進んでいく。

その間、部長の席は空いたままだった。
三浦さんの姿もない。

誰も触れない。
ただ、全員が理解している。

もう、元には戻らない。