正しくない恋のはじまり

「───藤井さん」

名前を呼ばれた瞬間、身体がわずかにこわばる。

「はい」

自分の声が、少しだけかすれているのが分かった。

「今回のログを最初に確認したのは、あなたですね」

「……はい」

「どの時点で異常に気づきましたか?」

その問いかけに答えようとして、この場にいる全員が耳をそばだてる気配がした。
けれど、不思議と頭は冷静だった。

「支払いログと契約書を照合した時点です」

自分でも驚くほど、声は落ち着いている。

「乖離があると判断した理由は?」

「契約上は単一委託にも関わらず、支払いが分割されていたためです」

「再委託の可能性は検討しましたか?」

「はい。ただし、登録および承認履歴が存在しなかったため、該当しないと判断しました」

質問は途切れない。
ひとつ答えるごとに、次が続いていく。

頭の中で整理していた事実を、そのまま順番に置いていくだけ。
それでも、机の下で組んだ指先は、ずっと冷たいままだった。