正しくない恋のはじまり

この人は、どんな質問を投げかけても、こんなふうに答えるのだろうな。
きっと本気でそう思っているからこそ、出てくる言葉なのだ。

「……でも」

と言いかけて、言葉が続かない。

あの瞬間、前に出てくれたこと。
私に矛先が向いたとき、遮ってくれたこと。

全部、分かっているのに、うまく言葉にできない。

青砥さんは、それ以上説明しない。
代わりに、少しだけ間を置いてから息をついていた。

「藤井さんは、ちゃんと自分で答えを出してたじゃないですか」

視線はこちらへ向けないまま。
でも、確かにこちらに向けて言っている。

「だから、それで十分です」


さっきとは違う熱さが、身体を駆け巡った。

もっと静かで、もっと確かなもの。

そして───
さっきの言葉が、もう一度だけ浮かぶ。

“離さない”、と言われた気がした。それがたとえ、自分の都合のいいようにとらえた解釈だとしても。


「……はい」

小さくうなずいた。

彼に肯定されたようで。それだけで、もう少しだけ立っていられる気がした。


「このあと、どう動きますか?」

いつの間にか青砥さんは、もう仕事の話に戻っている。
それが不思議と心地よかった。

「……資料、整理します」

まだやることはある。
ここで止まっているわけにはいかない。

「監査に出すんですよね。ちゃんと形、整えます」

言いながら、指先の震えが少しずつ収まっていくのが分かる。

「では、その前提で動きましょう」

青砥さんが口にするのは、いつも余計なものは削ぎ落とされている。

「正しい判断を、整えるんです」

……なんて、彼らしい表現だろう。


「はい」

返事をした自分の声は、どこか安心していた。