正しくない恋のはじまり


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デスクに戻ると、いつもの空気がそこにあった。

キーボードの音に、電話の呼び出し音。
そして緊張感のない、誰かの小さな笑い声。
ここに来ると、少しだけ楽になる。

さっきまでいた場所と、同じ会社とは思えない。


「ねえ、あかり」

呼ばれて顔を上げると、隣の席の同僚が椅子ごとこちらに寄ってきた。
こういう話は、だいたいこの人からだ。

「さっきの会議の人、すごくなかった?」

少し声を潜めて、ちらっと周りを見てから続ける。

「外部コンサルの人、いたじゃない?」

「……青砥さん?」

名前を口にした瞬間、さっきの距離が一瞬だけ蘇る。
まだどこかに煙草の香りが残っているんじゃないかと思ってしまう。

「そうそう、その人!」
と、手を叩いた同僚は少し顔をしかめた。

「なんかさ、怖くない?」

思わず、言葉に詰まってしまう。
すぐに返答できずにいると、彼女は構わずに話を進めた。

「怖いっていうか…なんていうんだろう、ああいうの苦手」

「分かる?」と視線を向けられる。
私は一瞬だけ考えて、口を開く。

「……そう、だね」

短く返す。
それだけで済ませようとしたのに。