正しくない恋のはじまり

部長の顔が、なにかを恐れているようなものに変化した。
ここに来て三浦さんの表情も、初めてはっきり揺れた。

「……簡単に言うなよ」

部長は処理し切れていない様子で額を押さえた。

「責任っていうのは、あとで書類一枚で済む話じゃない」

「もちろん、承知しています。それでも、記録のない処理は通せません」


あまりにも引くことを知らない。彼のその強さが、逆に部長を追い詰めていくのが分かった。

三浦さんが、息をつく。

「監査に上げるって、…本気なの?」

「はい」

「取り下げることは?」

「ありません」

三浦さんは一瞬だけ目を閉じる。
それから、ゆっくりと私を見た。

「…藤井さんも?」

最後の確認みたいだった。
問いというより、念押し。


胸の奥が、まだ熱いまま痛む。

怖い。
立場も、仕事も、全部失うかもしれない。

それでも。
隣の気配は、最初からずっと変わらない。
代わりにはなってくれないけれど、守ってくれている。

だから、自分で言わなきゃいけない。


「……はい。私も、上げるべきだと思います」

小さく、でも向こう側にいる二人にちゃんと聞こえるように答えた。

部屋が静まり返る。

自分で言ったくせに、心臓がうるさい。
でも、目は逸らさなかった。

「見つけた以上、なかったことにはできないです」