正しくない恋のはじまり

音が消えたわけじゃない。
けれど、さっきまでそこにあった“動き”だけが、きれいに抜け落ちている。

誰も動けない。
息をするタイミングさえ、自分だけ遅れているような感覚だった。

立っている場所が揺れそうになって、踏ん張る。

こうなることはとっくに分かっていたはずなのに、こうして突きつけられると、どこか身体がこわばってしまった。


三浦さんが、やっとのことで口元だけ小さく笑った。

「藤井さん。これでいいの?これを望んでた?」

また、私に向く刃。
負けないためにも、無言でうなずいて見せた。

すると、半分皮肉まじりに鼻で笑われた。

「あなた、青砥さんといる時だけは強気なのね」

そんなことはない、とは言いきれない。
図星だから、でもない。

ただ否定しきれない何かがそこにあることだけは、自分でも分かってしまう。

言い返そうとしても、言葉が出てこない。
その沈黙が、余計に意味を持つ。

代わりに、隣の気配がわずかに変わった。


「その話は、今ここでする必要はありません」

青砥さんの声は低く、静かに線を引く。

踏み込ませないための声。
けれど、感情で押し返しているわけじゃない。
あくまで切り分けているだけの冷静さが、逆に強かった。