正しくない恋のはじまり

「…最初からって、そういうことなんですか」

かろうじて出た言葉は、それだけだった。

「はい」

短い肯定。しかも、即答。
それ以上、何も足さない。強さだけが残る。

全部は言わないまま、でも、必要なところだけは確実に伝えてくる。
彼はいつもそうだ。

その距離感が、逆に現実味を持たせてくる。

「だから、大丈夫です」

青砥さんは、少しだけ声を落とした。

「藤井さんが気づいたことは、間違っていません」

静かに揺れていたものが、そこに着地する。


それはつまり、“正しい”。
その言葉を、こんなふうに受け取ることになるなんて思っていなかった。

怖さは、消えていない。
むしろ、さっきよりもはっきりしている。

この先、どうなるのか分からない。
どこまで関わることになるのかも、分からない。

それでも。

さっきまで一人で抱えていたものが、少しだけ形を変えた気がした。

完全に軽くなったわけじゃない。
だけど、ひとりで背負っている重さでは、なくなった。


「どうするかは、変わりません」

青砥さんの声が、静かに資料室に響いた。

「藤井さんが決めてください」


いつものように、委ねられた。

突き放されているわけじゃない。
守られているだけでもない。

選ぶのは、自分。

その事実が、はっきりとそこに置かれる。

逃げ道は、もうどこにもない。ここまで来たら、進むしかない。


進む道は、自分で決める。


私は、ゆっくりと息を吸った。
まだ指先はひんやりしていて、痺れている。

でも、目を逸らさずにいられる気がした。