正しくない恋のはじまり



ドアが閉まり、足音が遠ざかって、完全に気配が消えたとき。
張りつめていた空気が、ようやくわずかに緩んだ。


───軽くなったはずなのに、胸の奥は、まったく楽にならない。

さっきまでの言葉が、まだ残っている。
三浦さんの声も、視線も、全部。

あの緊張感がまだ続いていた。

それに、青砥さんの言葉。

『正しく判断しようとする人だ』

あの一言だけが、やけに鮮明に残っていた。


守られた、と思った。
でも同時に、逃がされなかったとも思う。

どっちなのか分からなくて、その曖昧さが、じわじわと胸の奥を熱くした。


「……すみません」

気づけば、声がこぼれていた。

どうして謝ったのか、自分でもはっきり分からない。
でも、謝らないといけない気がした。

青砥さんが、わずかに眉を動かす。

「何がですか?」

パソコンを操作していた手を止めて、彼は私を見て首をかしげていた。

「謝る必要なんて、別にないですよ」

「いや……、巻き込んでる気がして」

言葉にするとひどく薄っぺらくて、頼りない。
でも、それ以外のちょうどいい言い方が見つからなかった。

彼は少しだけ考えるように間を置いて、

「いえ、巻き込んでいるのは……僕のほう」

と、静かに言った。

その一言が、思ったよりも重く落ちる。

「藤井さんは、巻き込まれた側です」

「……え?」

思わず顔を上げた。
その言葉の意味が、すぐには飲み込めない。

巻き込まれた、側?