正しくない恋のはじまり


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会議室を出たあと、私はそのままデスクに戻る気になれなかった。
あの空気のまま、何事もなかった顔で席に座れる気がしない。


深呼吸とは違う、大きなため息をついた。
……少しだけ、呼吸を整えたい。

資料を抱えたまま、人気の少ない廊下へ足を向ける。いつもは使わないルート。
理由はなんてことない。 ただ、今は人の少ない場所に行きたかった。


突き当たりの重いドアを押した。

空気が、変わる。
わずかに、煙の匂い。

───誰かいる。
一歩踏み込んで、視線を上げる。


そこにいたのは、青砥さんだった。

壁に軽くもたれながら、指先に煙草を挟んでいる。細く立ち上る煙が、ゆっくりと空気に溶けていく。
私に気づいたのか、長めの前髪の隙間から視線が落ちてきた。

「あぁ、お疲れ様です」

ふわりとした笑顔。本当かどうかは、分からない。

逃げるべきだと思った。
思ったのに。
足が、止まる。


「…すみません、戻ります」

反射的にそう言って、踵を返しかけた、そのとき。
外から、声が近づいてきた。

「だからさ、あのコンサル───」

ドアの向こう。複数人の気配。
私は思わずそちらを振り返る。