正しくない恋のはじまり

空気が、わずかに冷えた。

彼女の言葉自体は穏やかなのに、 踏み込んではいけない線を、簡単に軽く越えてくる。

「業務上、必要な範囲です」

青砥さんの声が、割って入ってきた。

静かで、揺れがない。温度を変えずに、ただ事実だけを置く声。

三浦さんは一瞬だけ彼へ視線を向けて、すぐに私へ戻した。

「青砥さんって、優しいよね。ちゃんと止めてくれてたのに」

不意に投げられた彼女の唐突な言葉に、私は思わず青砥さんを見てしまった。
彼は、表情を変えない。

「それでも、一緒にいるんだ」

と、三浦さんはやわらかく笑ってそう言った。
でも、その目は、もう完全にこちらの内側を見ている。

心臓がびくっと跳ねるのを、彼女はきっと見逃しはしないだろう。


───『まだ、間に合います』
さっきの青砥さんの言葉が、はっきりと蘇る。

そうだ。私は間に合わせるために、ここにいるんだ。


「ねぇ、藤井さん」

名前を呼ばれる。

「これ、どうするつもりなの?」

三浦さんが腕を組んだまま、画面を指された。

すべての証拠が、そこに置いてある。