正しくない恋のはじまり

部屋に静けさが戻る。
一人じゃないのに、緊張は解けない。

「…これ、どうするんですか?」

気づけば、聞いてしまっていた。


「どうするかは───藤井さんが決めることです」

青砥さんのわずかに視線が外れて、私に戻ってきた。

彼は答えを急がない。指示するわけでもない。
でも、押しつけでもない。
ただ、事実としてそこに置いていく。
いつもそうだった。

そばにはいてくれるけれど、最後の選択は私にさせようとしてくる。

指先が、冷たくなった。

……怖い。

それでも、決めていた。

「……送れません」

気づいたときには、言葉になっていた。

青砥さんはただ、小さくうなずいた。
それだけで、少しの安心を覚える。


私は資料室の時計を見上げた。

「……時間、ありませんよね」

「ありません」

彼は迷いなく即答した。

「だからこそ、いま止めないと、もう止まりません」

今のこのまっすぐな言葉は、逃げ場を塞ぐためじゃない。
ただ、事実として落とされたものだ。

それが胸の奥に、重く沈んでいく。