正しくない恋のはじまり

震える指でログを開き直し、履歴を辿る。
過去のデータも同じ形式で、同じ分け方が何度も繰り返されている。

それも、一度じゃない。
何度も、幾度となく。

「……これ、全部」

気づいた瞬間、足元がわずかに揺れた。


もう、知らなかったでは済まされない。この目ではっきりと見てしまった。

ゆっくり息を吐き、視線が画面右下の“送信”に落ちる。
これを押せば、終わる。
全部、なかったことにできる。

それでも、手は動かない。


───『今日中に出せ 』
───『余計なこと、考えない方が楽だよ』
───『まだ、間に合います』


すべてが重なり、逃げるか進むか、そのどちらかしか残っていないと分かる。


「……だめ」

小さくつぶやいた自分の声は、思っていたよりもはっきりしていた。


押せない。
押したら、もう戻れない。


ゆっくりマウスから手を離し、代わりに別のウィンドウを開く。

ログを保存し、契約書をコピーし、名前もつけずに次々にフォルダへまとめていった。

これはすべて───証拠として。


呼吸が、少しだけ整う。

怖いのは、変わらない。
それでも、目は逸らしていない。

───『まだ、間に合います』

青砥さんのその意味が、逃げるためではなく、止めるための言葉に変わった。