正しくない恋のはじまり

「こちらの収支ですが、現状この形で着地見込みです」

担当者の言葉に合わせてページがめくられる音。
ペンが走る音が不規則に聞こえてくる。

静かに、順調に、会議は進んでいく。

「では、この内容で…」

「すみません」

遮るように、会議室の端から声が聞こえた。

「お聞きしたいことがあるのですが」

青砥さんの感情の乗っていないその声で、空気が止まる。


───来た。

分かっていたのに、身体が一瞬だけ強張る。

彼が顔を上げる。同時に無造作な長めの前髪がわずかに揺れて、目元にかかる。
それでも、視線はまっすぐだった。

逸らさない。
逃がさない。
見られている、じゃない。見抜かれている。
そういう目。


「この費用、来期に寄せてますよね」

この間も聞いた、この声。

責めているわけじゃない。ただ、事実を置いているだけ。
だからこそじわじわ効いてくる、妙な圧迫感。


質問されたのは私ではない。

ずっと話し続けていた担当者だ。
それでも、自分が彼のあの視線に刺されているような気分になった。

喉が、少しだけ乾く。

「……いえ、調整の範囲内です」

担当者が分かりやすく言葉を濁した。