正しくない恋のはじまり

自分でも曖昧だと思う。それでも、なんとか言葉を探す。

「してるのかもしれないし、してないのかもしれないです」

うまく言えていない自覚はある。それでも、止められない。
小さく息を吸った。

「でも───後悔してるって言い切れるほど、軽くもないです」

言い切ったあと、胸の奥がじわっと熱くなる。


青砥さんはすぐには答えない。
だけど、その沈黙がさっきとは少し違っていた。

「……そうですか」

静かな声。
さっきよりも、ほんの少しだけ柔らかい。

「僕は、していません」

はっきりとした断言。一切の迷いがない。

たった一言なのに、それだけで心臓が強く大きく鳴った。

「……だから、僕も困っています」

青砥さんの声は、低いけどちゃんと意志を持っていた。
初めて聞く響きだった。

「最初は、そんなつもりはなかったのに」

視線が、足元へ落ちる。

「今は───」

言いかけて、飲み込んでいた。
彼も、言葉を続けられない様子だった。あえて続けないのかもしれない。

でも、それで十分だった。
言葉にしない方が、はっきり伝わる。

「……私だけじゃないんですね」

小さくつぶやいたけれど、青砥さんは答えなかった。
代わりに、足元に落ちていた視線を私に戻し、ちゃんと目を合わせてくれた。

外さない。
その視線が、答えだった。


青砥さんが、先に歩き出した。

「……もう、行きましょう」

声は、もう仕事の温度に戻りかけている。
それなのに、さっきまでここにあったものだけが消えない。

「……はい」

私もそれ以上、何も言えない。

同時に歩き出して、ほんの一瞬だけ距離が重なる。
触れていないのに、息が詰まりそうになった。


もう、前みたいには戻れない。

でも。
明日も、同じ場所にいる。

その事実が、少しだけ怖くて。そしてどうしようもなく、待ち遠しかった。


───それが何なのか、まだ言葉にできないまま。

でも、もう気づいてしまっている。