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そのまま席に戻るつもりだったのに、曲がり角の手前で足が止まる。
向こうから、青砥さんが歩いてくるのが見えた。
避けるには、もう遅い距離だった。
───“引っ張られないように、気をつけてね”
三浦さんの声が、まだ頭の奥に残っている。
それを思い出して、一瞬だけ引き返そうとも思った。でも、もう遅い。
青砥さんもこちらに気づいて、同じように足を止めた。
廊下の空気が、ほんの少しだけ張りつめる。
「……藤井さん?」
いつも通りの声で、話しかけられる。
私の様子が分かるのか、伺うような呼びかけだった。
それだけなのに、さっきの言葉が離れなくて、うまく息が吸えない。
何か言わなきゃと思うのに、出てきたのは違う言葉だった。
「……誰かに、なにか聞きました?」
言ってから、自分でも少し驚く。
どうしてそれを聞いたのか、分からない。
青砥さんは一瞬だけ目を細めて、わずかに小さく息をついた。
「いえ、全部じゃないです」
短くても、その答え方だけで、もう隠しきれないと分かる。
───ああ、やっぱりそうだ。
この人は、気づく。



