正しくない恋のはじまり

「あなた、青砥さんとは前から知り合い?」

「……いえ」

即答する。迷う余地なんてないはずなのに、その一瞬がやけに長く感じる。

「そうなんだ」

三浦さんは一度だけ間を置いてから、何でもないことのように続けた。

「私、あの人と前から面識あるんだよね」

さらっとした口調。
でも、その一言で場の重心が変わるのが分かる。

「結構、仕事では有名な人だし、正しいことしか言わないでしょ」

彼を俯瞰的に見て発言しているはずなのに、彼女の言葉のそこに含まれる温度が少し低い。

「だからさ、近くにいると、勘違いしやすいんだよね」

その言葉が落ちた瞬間、胸の奥がひやりとした。

「……何を、ですか?」

問い返した声は思ったより静かだったけれど、視線は逸らせなかった。

三浦さんは少しだけ笑って、「いろいろよ」と曖昧に濁す。その曖昧さが、かえって憶測を招いてくる。

「藤井さんさ、いま、どっち側にいるの?」

唐突な問いに、思考が一瞬止まる。
でも意味は分かった。

「……どっち、とは」

「積み上げる側か、壊す側か。……それとも、どっちにもいないつもり?」

完全に仕事の言葉。なのに、心臓だけが不自然に騒いだ。