正しくない恋のはじまり


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「藤井さん」

呼ばれて顔を上げると、三浦さんが立っていた。
いつもと同じ、整った笑顔。なのに、なぜかその輪郭だけが少し硬く見える。

「少し、いいかな?」

断る理由も見つからずうなずくと、彼女は自然な足取りで人の少ないスペースへと誘導した。

さっきと同じフロア、同じ空間のはずなのに、足を踏み入れた瞬間、空気の温度がわずかに変わる。
うまく説明できないけれど、逃げ道が減る感じ。


「さっきさ、青砥さんと話してたでしょ?」

軽く首をかしげながらの一言に、心臓が小さく跳ねる。

「……会議の続きです」

ほとんど反射みたいに出た言葉に、三浦さんは「うん、だよね」とあっさりうなずいた。

その肯定が、逆に見透かされている気がして落ち着かない。

「でもさ、会議の時に思ったけど、仕事の話にしてはちょっと熱かったよね。藤井さんって、あんなふうに食い下がるタイプだったっけ?」

柔らかい声音。
責めているわけでもないのに、逃げ場だけがきれいに消えていく。

言葉に詰まる。
自分でも分かっている。確かにあれは、いつもの私じゃなかった。

「……案件として、大事なので」

やっとそれだけ返すと、三浦さんはほんの少しだけ目を細めて、「そっか」と短く返した。
そのまま終わるかと思ったのに、視線は外れない。