正しくない恋のはじまり

しばらくして、青砥さんがふっと視線を外し、ドアの方を見る。

「……藤井さん」

「はい」

「僕たち、たぶん見られてます」

意味が分からず、息が止まる。

「……え?」

「このあと、人が来ると思います」

淡々とした声。
でも、その内容で一気に現実に引き戻される。

さっきまでの距離が、はっきりと意識される。

「ここに長くいるのは、あまり良くないですね」

やわらかい言い方。でも、線はしっかり引かれていた。

「……あの、私は……ただ」

言いかけて、止まる。
続きが出てこない。

青砥さんが、わずかに目を細める。

「大丈夫です。分かってます」

静かにうなずいた。

「仕事の話ですよね?」

その一言で、全部が宙に浮く。

「……はい」

それしか言えなかった。

青砥さんはそれ以上何も言わない。
ただ、ドアへ視線を向ける。

「先に戻ってください。人が来る前に」

そっと促された。

拒絶ではない。でも、距離は自然と戻される。

「……失礼します」

背中を押されるみたいに、喫煙所を出た。