正しくない恋のはじまり

青砥さんは何も言わず、煙草を灰皿に押し付けた。
それから、わずかに位置をずらす。

「どうぞ」

近づいていい、という距離。
足が一瞬止まりかけて、それでも一歩踏み出した。

「当初計画と、現状の前提」

少し硬い声のまま、続ける。

「どちらを基準にするかで、判断が変わると思ってて」

「変わりますね」

短い返答。
それ以上は広げてこない。

やっぱり、温度が読めない。

沈黙が落ちる。


言いたいことは、そこじゃないのに。分かっているのに、言葉にならない。

「青砥さんは、どっちだと思ってますか?」

気づけば、そう聞いていた。

視線が合う。
ほんの一瞬だけ、やわらいだ気がして───すぐに消えた。

「正しさで決めるなら、当初です」

迷いのない答え。

「……そう、ですよね」

分かっていたはずなのに、胸の奥に引っかかる。

話は、終わったはずなのに。
足が動かない。

帰ればいいのに、帰れない。

なにも言わないまま、隣に立っていた。