正しくない恋のはじまり

喫煙所の前で、一度だけ立ち止まる。

ここに来る理由としては、不自然だ。
私は煙草を吸わないし、用事もない。

それでも、ドアに手をかけた。

───仕事の話をしに来ただけ。

そう言い聞かせて、ドアを押し開ける。


少しこもった空気と、煙の匂い。
奥に一人、青砥さんが壁際に立っていた。

一瞬だけ、目が合う。

それだけで、胸の奥がわずかに揺れた。

「……お疲れさまです」

少し遅れて、声が出る。

「お疲れさまです」

返ってくる声は、いつも通り落ち着いている。
ここにいる私を見て、ほんの少しだけ首をかしげた。

煙草を持つ手を止め、灰を落とす。

「どうしました?」

距離を詰めすぎない位置で、静かに尋ねられる。

「……さっきの会議の件で」

言葉を探す。

「前提の整理のところ、少し気になって」

自分でも曖昧だと思う。
それでも、それ以上の理由は出てこない。