正しくない恋のはじまり

言葉を選ぶ余裕なんてなかった。

青砥さんの視線が、まっすぐこちらをとらえる。
昨日と同じ目。でも、内側はきちんと抑えられている。

「仕事中だからです」

短い答え。
でも、それだけじゃないことも分かってしまう。

「……じゃあ」

息が、自然に揺れた。

「仕事じゃなかったら?」

引き返せない問いを、彼に向けてしまった。

空気が、わずかに止まる。

青砥さんの組んでいる手が、腕の上でほんの少しだけ動く。
その小さな変化が、妙に近い。

「……それなら、いま、試しますか?」

昨日と同じ温度ではない、なにか一滴だけ熱を落とすみたいな声。
同時に、彼が体ごとこちらを向き直るのが見えた。

一気に現実に引き戻される。

「……やめてください」

反射的に返したものの、逃げ切れていない。
そういうつもりで呼んだんじゃないことだけを、どうにか伝えるしかなかった。

青砥さんはほんのわずかに目を細めて、

「やめます」

と、あっさり引いた。
また背中を壁につける。

でも、今しがたの空気は消えずに残ったままだった。


「……さっきの質問ですけど」

不意に、青砥さんの声が落ちてくる。

「僕が動揺してるかどうか」

心臓が大きく跳ねて、はっと隣を見上げた。

「してますよ」

静かに、確かに、認める声。

「普通に、ちゃんと動揺してます」