正しくない恋のはじまり

時間の進み方が、おかしい。
時計を見る回数だけが増えていくのに、針は思ったより進んでいない。

午前中が、やけに長い。

何も起きない。何も言われない。何も変わらない。

それが、限界だった。


私はパソコンを閉じて、椅子から立ち上がった。
キャスターの音が響く。自分でも分かるくらい、勢いがある。

ここで止まったら、行けなくなる気がした。


そのまま青砥さんの席へ向かい、デスクの横で立ち止まる。

「……青砥さん」

喉から出た声は、思ったより硬かった。

青砥さんはキーボードを打つ手を止めて、ゆっくり顔を上げた。

一瞬だけ、視線が合う。


───それだけで分かった。

ちゃんと、ある。
昨日の続きが、ちゃんと残っている。

でも次の瞬間には、もう消えていた。
いつもの距離に戻るのが見える。

「……はい」

静かな返事。
その切り替えが、きつい。

「……ちょっと、いいですか」

短く言うと、青砥さんは数秒こちらを見た。
まるで測るみたいに。

それから視線を外して、

「どこか会議室、空いてます?」

とだけ尋ねてきた。

「はい」

答えると、彼は立ち上がる。

その背中を追いかけながら、自分の足取りが少しぎこちないことに気づいた。
廊下に響く二人の足音は、最後まで揃わなかった。