正しくない恋のはじまり

青砥さんは一瞬だけ黙り、首を傾ける。
その沈黙が、刺さる。否定されるより、きつい。彼の視線は出会った時から、最初から“こう”だった。

「…“問題なく”、ですか」

低い声で確認するように言われ、私はうなずいた。

「はい」

早くこの場から立ち去りたくて、変に即答してしまったのがいけなかった。
もうこれで終わりにしたかったのに。

逃がさないのが、青砥さんだ。

「手、震えてますよ」

静かに、確実に、塞いでくる言葉を選んできた。

視線を落とすと、ほんのわずかに指先が揺れている。止めようにも、自分では止められない。力を入れるほど、余計に震える。

隠そうとして、隠しきれない。
それが、一番みっともない。

「大丈夫ですか?」

その問いが、刺さる。
優しさじゃなく、確認でもない。いつも彼が出してくるのは、“選ばせる問い”だ。

「…大丈夫です」

まだちゃんと言えた。“大丈夫”だって。
でも、一瞬遅れてしまっただけで、嘘が、じわりと滲む。

青砥さんは目を細めて、こちらを眺めていた。逃げさせない視線で。