正しくない恋のはじまり

酸素を回さなきゃ。息を、ちゃんとして。
いつものように言い聞かせて、小さく息を吐いた。


指を動かしてキーボードを操作していく。

削る、削る、削る。
ひたすら、削る。

気づけば、入力ミスをしていた。数値が、一桁ずれている。

「……あ」

慌てて修正を入れる。

こんなミス、普段はしない。確認も、しているはずなのに。
もう一度見直す。
別の箇所も、少しだけズレている。

思考が、追いついていない。
頭の中が、うまく整理できなくなっていた。


───だめだ。


私は無言で立ち上がった。
これ以上ここにいると、何かを間違える気がした。

誰にも声をかけずに、フロアを出る。廊下に出た瞬間、少しだけ空気が軽くなった。
それでも、胸の奥の重さは、消えてくれない。


急ぐように早足で廊下を抜け、非常階段の重い扉を開けた。
静かな空間。コンクリートの壁と、冷たい空気。

誰もいないはずなのに、扉を閉めた瞬間、力が抜けた。
手すりに軽く手をつく。息をするのが、苦しい。