正しくない恋のはじまり

朝のオフィスは、やけに白かった。
照明の光も、窓から入る淡い陽も、どこか同じ色に見える。
机の上に置いた資料の紙だけが、くっきりと輪郭を持っていた。

コーヒーの匂いも、キーボードの音も、電話のコール音も。
全部、いつも通りだ。

───なのに、自分だけが、ずっと動いていない気がする。


椅子に座って、パソコンを立ち上げる。
ログインの画面を見つめたまま、指が少しだけ止まった。


思い出す、夜のオフィスを。
誰もいない空間に、白い画面に並んだ二つのファイル。

“通すための資料”と“見逃さないための記録”。

ゆっくりと息を吐いて、パスワードを入力していく。
画面が切り替わった。
いつもの、見慣れたデスクトップが表示される。
いつものフォルダの列。その中に、確かにある。

“提出用_計画資料_ver.2”

カーソルが、その上で止まった。
クリックすれば、すぐに開くはずだ。昨日、自分で整えた“通る形”。
それは、正しいように見えて、正しくないもの。