正しくない恋のはじまり

「整っているのは、問題だとは思いません」

相手に手綱を握らせまいと素早く応答する。

「むしろ、それが求められていることです」

目を逸らさない。
この場で逸らしたら、おそらく崖から落ちる。

彼は足を組むと、小さく笑った。

「そうですね。藤井さんは、そういう方だ」

胸の奥が、ざわつく。
知っているみたいに、言う。


「ただ」と、その一言で空気が変わる。

「整いすぎていると、逆に目立つこともあるということを、ご存知ないですか」

言葉が、静かに落ちる。その口元には、やはり笑みが浮かんでいた。
つかみどころがない、という言葉がぴったり当てはまる。

「違和感は、完全には消えませんから」

彼の遠回しな物言いが、私を囲い込む。
息がしづらくなり、また小さく深呼吸した。

何を指しているのか。
言われなくても分かる。分かるから、腹が立つ。

「……仮に違和感があったとしても」

少しだけ、言葉に力が入る。
しまった、と思うのは遅かった。

「それを判断するのは、私ではありません」

ほんのわずかに、声が低くなってしまった。一瞬だけ。
それでもすぐに、整える。

「必要な情報はすべて開示しています。それ以上は、各部署と役員の判断です」


完璧な返答。
逃げも、嘘もない。

───はず。