正しくない恋のはじまり

不安に駆られていると、

「藤井」

と、硬い声で名前を呼ばれた。
はっとしてうつむかせていた顔を上げる。

「資料、まとめて出せるな」

「……は、はい」

喉が少し詰まる。

「余計な注釈は入れるなよ。分かってるな?」


その一言で、理解した。
───部長は、全部分かっていて、言っている。

顔から血の気が引いていくのを感じた。

「現段階で必要なのは、“通る資料”だ。作れ」

まだ混乱を止められない私に、部長は考える猶予を与えないみたいに言葉を続ける。

「藤井。分かるな?」

また、繰り返された。
視線が真っ直ぐこちらに向いているのも、痛い。

「……はい」

もう、ここはうなずくしかなかった。


部長の横で、三浦さんが静かに微笑む。
余計なことは何も言わない。

ただ、“ここで止める気はない”とはっきり分かる顔をしていた。


会議は、それで終わった。
あっさりと。

まるで、当たり前のように。何もなかったみたいに。

何もなかったわけじゃない。
むしろ、ますます心の中のざわつきが強くなった。