正しくない恋のはじまり

怖い、と思った。
でも同時に少しだけ、ほっとした。

一人で抱えていた違和感が、ただの思い込みじゃなかったと分かったから。


青砥さんは画面から目を離し、私を見る。

「藤井さん」

名前を呼ばれる。

「これ、誰にも見せてないですよね」

「……はい」

「そのままでいいです」

金縛りみたいに、目が逸らせない。たぶん、彼も分かっていて私を見ている。
張りつめた空気のまま、彼はまっすぐつぶやいた。

「今は絶対に、“持ってる人間”が少ない方がいい」

ぞくり、と背中が冷える。

守られている、わけじゃない。
だけど、
“使われている”わけでもない。


───この状況の中で、自分がどこに立つかを、選ばされている。


「……分かりました」

小さく答えると、青砥さんはやっと視線を外してくれた。


数秒の沈黙。
やがて、彼は自然な動きで一歩下がる。

「では。お疲れ様です」

それだけ言って、背を向けた。
いつもと同じ、距離だ。
でもどこか、さっきまでとは何かが違っていた。


私はゆっくりと椅子に座り直した。
煌々と光る画面を見る。

そこにあるのは、ただのファイル。
でももう、“ただのファイル”じゃない。

───これが、証拠になる。


指先が、キーボードに触れた。それはほんの少しだけ、震えている。
それでも、止めない。止められない。

新しい行を追加する。


【備考:通過後の是正リスク高(外構費・日照・搬入)】

打ち込みながら、小さく息を吐く。


“_check”のファイルを作った時から、ずっと思っていた。
あの時も、今も、ずっと怖い。

でも、

「……やらなきゃ」

と、今度ははっきりと声に出た。