正しくない恋のはじまり

「…ありがとうございます」

声が、少しだけかすれる。
自分でも気づかないうちに、力が入っていたらしい。

不安だった。疑心暗鬼だった。


青砥さんはその私の反応を特に気にする様子もなく、視線を外した。

「ただ」

その一言で、空気が少しだけ締まる。

「この案件、あの程度の違和感で止まるとは思わないでください」

私は彼の意図が分かり、息を飲んだ。

「……はい」

分かってる。
たぶん、これはほんの一部だ。
見えているズレは、氷山の一角で。

その下に、もっと大きな“何か”がある。


「気づいてるなら、少しずつでいい。掘ってください」

青砥さんは煙草の煙がゆらりと空へ混ざっていくのを見上げながら、低い声で言った。

それは命令でも、指示でもない。ただ、確実に私に向けられている。


───ああ、この人。

そこで、ようやく理解する。

この人は、助けてくれる人じゃない。でも、見捨てる人でもない。


ただ、“選ばせる”。

自分で気づいて、自分で考えて、自分で決めることを。

その全部を、こちらに委ねてくる。