正しくない恋のはじまり

空気が、わずかに止まる。


部長がちらりとこちらを見るのが分かった。
三浦さんも何も言わない。ただ、視線だけを向けてくる。

距離はあるけれど、私と青砥さんの会話は聞こえているようだ。分かりやすく、あちらからの視線を感じた。


逃げられない。

それは承知の上で、私は図面を開いて指先で示した。

「この奥行き、数値上は問題ないんですが、実際に建物を入れた時の圧迫感が強くなりそうで…」

「日照は?」

青砥さんの声が重なる。

彼は三浦さんとは違い、私と同じ部分が引っかかっている。被せるのでなはく、私の意見を聞きたがるように。

「…厳しいと思います。隣接住宅との距離が近いので、時間帯によっては影が───」

「そこはさっき言ったでしょう?あとで調整できるから」

三浦さんが、いつの間にかこちらへ来ていた。私と青砥さんの中に、すっと割り込む。

声は変わらない。
でも今度は、はっきりと“遮られた”のが分かる。

「全部を完璧に満たす案件なんてないのよ。優先順位の問題だから」

さらりと、でも突き刺すように言って、視線を外された。
まるで、もうこの話は終わり、とでもいうように。

「……」

彼女を前にすると、言葉が続かない。
そのぶん、胸の奥では何かが確実に積み上がっていく。