「気をつけて。生徒会長の御影先輩、知ってる?」
私の背筋が、ぞくっとした。
「うん……成績がよくて、正義感が強い人だよね」
「最近、怪盗ムーンのことを調べてるらしい。昼休みに生徒会室の前を通ったら、『必ず捕まえる』って声が聞こえた」
「……そう」
「七瀬さんが自分で判断するのはわかった。でも、情報だけは渡す。それでいい?」
私は少し考えてから、頷いた。
「……うん。ありがとう」
翼くんは肩をすくめた。少しの間を置いてから、ぼそっと言った。
「言いたくなかったんだけどね。言わないと、なんか負けた気がするから」
「負けた気、って何に?」
「七瀬さんに」
翼くんは軽く手を振り、そのまま廊下を歩いていった。
私はその背中を見送りながら、マスクをカバンにしまった。
秘密を知られた。でも、奪われなかった。
翼くんは敵でも味方でもない。お互いに対等な、変な間柄。それが、今の私たちの距離だ。
空を見上げると、細い月が昇り始めていた。
夜の私は、こんなにはっきりしている。でも明日の朝には、また誰にも見えない透明人間に戻る。その落差が、今夜はいつもより深く感じられた。
御影先輩か。強敵が、現れた。
でも──負けない。
……それと。
翼くんの「七瀬さんに」という言葉が、耳の奥にまだ残っていた。
なんで少しだけ──嬉しいんだろう。
胸の奥が、じわりと温かくなる。
私は首を横に振って、夜道を歩き出した。



