「俺も……似たようなことがあったから」
「似たようなこと?」
翼くんは、すぐには答えなかった。風が吹いて、窓ガラスがかすかに鳴る。
「前の学校で、友達がいじめられてた」
翼くんの声が、少し沈んだ。
「どうしたの?」
「俺は先生に報告した。『正しいこと』だと思って」
「それなら……」
「いじめは止まった」
翼くんのこぶしが、ゆっくりと握りしめられる。
「でも、その友達が俺を見て言ったんだ。『余計なこと、しないでほしかった』って」
「え……」
「俺が報告したせいで、その子は『チクった』って噂を立てられて……結局、学校に来られなくなった」
翼くんの声は静かだった。もう何度も自分の中で繰り返してきた言葉みたいに、感情を抑えた声だった。
「俺は『正しいこと』をしたはずなのに、誰も守れなかった。むしろ、傷つけてしまった」
「……翼くん」
私は、何を言えばいいかわからなかった。翼くんの横顔を、ただ見ていた。
後悔でも自分を責めているのでもなく、ずっとそのことを抱えてきた、という顔だった。
「だから……」
翼くんが、私を見た。
「七瀬さんのやり方を見て、止める気になれなかった。ルールより先に、相手の気持ちを考えてる。俺が、できなかったことだ」
翼くんが転校してきた理由。ミステリー小説が好きな理由。怪盗ムーンに興味を持った理由。
全部が、この一つのことに繋がっている気がした。



