「怪盗ムーンが誰かを傷つけてたら、その時点で先生に言ってたはずでしょ。でも、言わなかった」
翼くんが、私を見る。
「つまり、翼くんは最初から、私が悪い怪盗じゃないって思ってたんじゃないの?」
沈黙が落ちた。夕暮れの光が、私たちを照らしていた。
「……正解」
翼くんが、低い声で言った。
「俺は、怪盗ムーンをつかまえたかったわけじゃない。ただ、知りたかったんだ。どんな人が、どうしてやってるのか」
私はマスクに手をかけた。
ほんの一瞬、逃げることも考えた。でも、もう隠れる意味はない。
私はマスクをゆっくりと外した。冷たい空気が、顔に当たる。
「……翼くんの言うとおり。私が、怪盗ムーン」
翼くんは黙って、私を見つめている。
「どうするの? 先生に言う?」
「言わない」
即答だった。
「理由を、聞かせてくれない? 君がなぜ、怪盗ムーンになったのか」
私は少し迷った。だけど、翼くんの目を見て、話すことにした。
「小学生の頃、優衣ちゃんっていう、親友がいたの」
優衣ちゃんのことを話した。手紙を失ったこと。「ただの紙切れ」と言われた悔しさ。だから、誰にも同じ思いをしてほしくなかったこと。
「私にとっては……あの手紙が、優衣ちゃんとつながる唯一の宝物だったの」
翼くんは、黙って聞いていた。木の葉がカサカサと揺れる。秋の、静かな夕暮れ。
「七瀬さんは、優しいな」
翼くんが、口を開いた。
「自分が傷ついたから、誰かを傷つけたくない。そういう気持ちって、すごく大切だと思う」
「……翼くんは?」
私は、翼くんを見た。
「ずっと調べてたくせに、一度も私を止めようとしなかった。それって、どうして?」
翼くんが、わずかに目を丸くする。
それから、廊下の窓の外に目を向けた。夕焼けが、校庭の端を赤く染めている。



