その夜、午後七時。秋の夕暮れが、校舎を紫色に染めていた。
黒いパーカーとマスクをつけて、私は廊下を進む。足音を立てずに、そーっと。
今日は秘密の通路は使わない。罠なら、相手は私の動き方を知っているはずだ。いつものルートを外さないと。
美術室の前に着いて、私は立ち止まった。
どこかに、いる。
気配を確かめる。空調の低い音。遠くで扉が閉まる音。それだけだ。
でも──人がじっと息をひそめているとき、空気がわずかに変わる。体操の練習で何度も経験した、あの感覚。
廊下の角。……たぶん、あそこだ。
完全に確信があるわけじゃない。でも、動くなら今しかない。
私はドアに手をかける前に、振り返った。
「出てきていいよ、翼くん」



