クラスの透明人間は、夜を駆ける怪盗でした


後ろから聞こえた相馬先輩の声が、震えていた。

怒鳴り声じゃない。泣きだしそうな、苦しそうな声だった。

「あなた、もしかして……怪盗ムーン?」

足が止まった。

正体がバレたら、終わりだ。明日からの「透明人間」としての静かな毎日も、唯一の居場所である図書室も、全部なくなってしまうかもしれない。

でも──この人の声を、どこかで聞いたことがある気がした。

そうだ、体育館の裏でひなのちゃんが泣いていたときだ。

あのとき、「どうにかしてあげたい」と思った気持ちと、今の先輩の声はそっくりだった。

先輩もひなのちゃんと同じように、心の中で泣いているのかもしれない。

「お願い、話を聞いて」

振り返ると、先輩は自分のロッカーの前で立ち尽くしていた。

唇をぎゅっと結んで、何かを一生懸命に我慢しているみたいだった。

「リボンのこと……だよね?」

私はゆっくりと頷いた。

「やっぱり……」

先輩は、小さくため息を吐く。


「練習中に、私が転んで……ひなののリボンを踏んじゃったの」

落ち着いた声だった。

「バランスを崩して、気づいたときにはもう遅くて」

先輩は、自分のロッカーの扉をゆっくり開けた。

中には、古いリボンが並んでいた。どれも色がうすくなって、ほつれている。何年も練習で使いこんできた証拠だ。

「あとで聞いたの。あのリボン、ひなののお母さんのものだって。お母さんは新体操の選手だったけど……もう亡くなっているって」

先輩の指が、自分のリボンをなぞる。

「私にも、捨てられないリボンがある。これは、中一のとき初めて試合で使ったやつ。これは去年の県大会のやつ」

指先が、リボンの上で止まった。

「だから、分かるんだ。ひなのにとって、あのリボンがどれだけ大事なものか」

「だったら、どうして……?」

マスクの下で、私は小さく声を出す。