九月二十日、金曜日の夜。私は新体操部の部室へ向かった。
黒いパーカーに黒いマスク。いつもの怪盗ムーンの格好だ。
秘密の通路を抜けて、外に出る。夜の外気は昼より冷たく、湿った草のにおいがする。月明かりが地面をうっすらと照らしていた。
部室の窓を見上げると、明かりはついてない。一階の窓は、よくある半円の形をした「くるっと回すタイプ」の鍵だ。
私は、ポケットから細くて平らな金属の板を取り出す。窓のすき間にそっと差し込んで、鍵の「つまみ」の位置を指先でさぐる。
右へ。少し戻して──。
カチッ。
小さな音がした。周りを見回すと、誰もいない。
よし、今のうちに……!
窓のふちに両手をかけて、腕の力だけで体を持ち上げる。するりと窓枠を越えて、つま先から着地した。幸い、音は出なかった。
体操教室で何度もくり返した練習。床の感触を足の裏で感じる、あの感覚がよみがえってくる。
部室の中は暗くて、マットとチョークの粉のにおいがした。
目が慣れてくると、ロッカーがずらっと並んでいるのが見えてくる。
相馬先輩のロッカーは、一番奥の列だった。
『三年 相馬あかり』
私は、ピックを鍵穴に差し込む。指先に全神経を集中させて、鍵の中が「カチッ」とはまる感触をさがす。
カチ、カチ、カチ……カチャ。



