録音を聞き返すと、真帆の声は、思っていたよりずっと不格好だった。
最初の「おばあちゃん」の前に、小さく息を吸う音が入っている。
「ありがとう」のあとに、ほんのわずかな間がある。
最後の「また、ちゃんと会いに行くね」は、笑いながら言ったのか、泣きそうなのを隠したのか、そのどちらも混じっているみたいな揺れ方をしていた。
きれいに整った録音ではなかった。
けれど結衣は、再生が終わるころには、そこに残っていたものの大きさを、ちゃんと感じていた。
「うわあ……やっぱこれ、恥ずかしい」
真帆が両手で顔をおおう。
でも、その指のすき間から見える耳は少し赤くて、声の奥には昨日より軽いものがあった。
結衣は録音機を机の上に置いたまま、もう一度再生ボタンを押す。
「え、もう一回聞くの?」
「……うん」
「朝倉さん、わりと容赦ないよね」
真帆はそう言って笑ったけれど、止めはしなかった。
二人でもう一度、自分の声を聞く。
音が流れる。
最初の呼びかけ。
途中のためらい。
少し乱れる呼吸。
そして最後に、ようやく相手へ届いた一言。
昨日までの結衣なら、こういう録音を“失敗に近いもの”として見ていたかもしれない。途中で詰まるのはよくないことだと思っていたし、笑ってしまうのも、間が空くのも、うまくできなかった証拠のように感じていた。
でも今は、その見え方が少し変わっている。
つまるから、わかる。
笑ってしまうから、わかる。
うまく続かない時間があるから、その先の一言がほんとうにその人の中から出てきたのだと感じる。
結衣は真帆の録音を聞きながら、マイクの前で立ち止まっていたいくつもの顔を思い出した。
冗談っぽく始めたのに、いざ録音になると急に真面目な声になった男子。
友達の名前をどうしても言えずに、何度も笑ってごまかしていた女子。
先生へありがとうを言うとき、少しだけ早口になってしまった子。
誰一人、最初からきれいには言えていなかった。
でも、だからこそ、その声はみんなちゃんと誰かへ向いていた。
再生が終わる。
真帆は両手を顔から外して、少しだけ首をかしげた。
「……なんか、変だけど」
「うん」
「でも、これでいいかも」
その“いいかも”は、軽く言ったようでいて、結衣には思った以上に深く残った。
変だけど、これでいい。
それは、今まで結衣が自分にいちばん言えなかった言葉かもしれないと思った。
うまく言えないなら黙るしかない、ちゃんとしていないなら出さないほうがいい、そういうふうにずっと考えてきたからだ。
でも本当に大事なことは、最初からきれいな形では出てこないのかもしれない。
大事だからこそ、息が止まる。
大事だからこそ、途中で迷う。
大事だからこそ、笑ってごまかしたくなる。
その全部を通って、やっと出てきた声だから、届くのかもしれない。
「朝倉さん?」
真帆に呼ばれて、結衣ははっと顔を上げた。
「どうしたの、めっちゃ真剣に聞いてた」
「……なんか」
「うん」
「ちゃんと、いたなって思って」
真帆は少しだけ目を丸くする。
「私が?」
「うん」
結衣は録音機を見下ろしたまま言った。
「そのまま、入ってた」
「変なとこも?」
「変なとこも」
真帆はそこで吹き出した。
「それ褒めてる?」
「……たぶん」
「たぶんなんだ」
笑い声が教室の中に小さく広がる。
その空気が、結衣には心地よかった。
録音は、きれいな言葉だけを閉じ込めるものじゃない。
言葉にならない時間ごと、その人の気持ちを残すものなのかもしれない。
結衣は机の上のマイクを見る。
小さくて、無機質で、ただ音を拾うだけの道具。
でもその前で人が立ち止まり、息を吸って、迷いながら一言を出すたびに、そこには“上手な声”ではなく“ほんとうの声”が残っていく。
言葉にならない時間も大事なのだと、結衣はそのとき初めて、頭ではなく体で少しだけわかった。
最初の「おばあちゃん」の前に、小さく息を吸う音が入っている。
「ありがとう」のあとに、ほんのわずかな間がある。
最後の「また、ちゃんと会いに行くね」は、笑いながら言ったのか、泣きそうなのを隠したのか、そのどちらも混じっているみたいな揺れ方をしていた。
きれいに整った録音ではなかった。
けれど結衣は、再生が終わるころには、そこに残っていたものの大きさを、ちゃんと感じていた。
「うわあ……やっぱこれ、恥ずかしい」
真帆が両手で顔をおおう。
でも、その指のすき間から見える耳は少し赤くて、声の奥には昨日より軽いものがあった。
結衣は録音機を机の上に置いたまま、もう一度再生ボタンを押す。
「え、もう一回聞くの?」
「……うん」
「朝倉さん、わりと容赦ないよね」
真帆はそう言って笑ったけれど、止めはしなかった。
二人でもう一度、自分の声を聞く。
音が流れる。
最初の呼びかけ。
途中のためらい。
少し乱れる呼吸。
そして最後に、ようやく相手へ届いた一言。
昨日までの結衣なら、こういう録音を“失敗に近いもの”として見ていたかもしれない。途中で詰まるのはよくないことだと思っていたし、笑ってしまうのも、間が空くのも、うまくできなかった証拠のように感じていた。
でも今は、その見え方が少し変わっている。
つまるから、わかる。
笑ってしまうから、わかる。
うまく続かない時間があるから、その先の一言がほんとうにその人の中から出てきたのだと感じる。
結衣は真帆の録音を聞きながら、マイクの前で立ち止まっていたいくつもの顔を思い出した。
冗談っぽく始めたのに、いざ録音になると急に真面目な声になった男子。
友達の名前をどうしても言えずに、何度も笑ってごまかしていた女子。
先生へありがとうを言うとき、少しだけ早口になってしまった子。
誰一人、最初からきれいには言えていなかった。
でも、だからこそ、その声はみんなちゃんと誰かへ向いていた。
再生が終わる。
真帆は両手を顔から外して、少しだけ首をかしげた。
「……なんか、変だけど」
「うん」
「でも、これでいいかも」
その“いいかも”は、軽く言ったようでいて、結衣には思った以上に深く残った。
変だけど、これでいい。
それは、今まで結衣が自分にいちばん言えなかった言葉かもしれないと思った。
うまく言えないなら黙るしかない、ちゃんとしていないなら出さないほうがいい、そういうふうにずっと考えてきたからだ。
でも本当に大事なことは、最初からきれいな形では出てこないのかもしれない。
大事だからこそ、息が止まる。
大事だからこそ、途中で迷う。
大事だからこそ、笑ってごまかしたくなる。
その全部を通って、やっと出てきた声だから、届くのかもしれない。
「朝倉さん?」
真帆に呼ばれて、結衣ははっと顔を上げた。
「どうしたの、めっちゃ真剣に聞いてた」
「……なんか」
「うん」
「ちゃんと、いたなって思って」
真帆は少しだけ目を丸くする。
「私が?」
「うん」
結衣は録音機を見下ろしたまま言った。
「そのまま、入ってた」
「変なとこも?」
「変なとこも」
真帆はそこで吹き出した。
「それ褒めてる?」
「……たぶん」
「たぶんなんだ」
笑い声が教室の中に小さく広がる。
その空気が、結衣には心地よかった。
録音は、きれいな言葉だけを閉じ込めるものじゃない。
言葉にならない時間ごと、その人の気持ちを残すものなのかもしれない。
結衣は机の上のマイクを見る。
小さくて、無機質で、ただ音を拾うだけの道具。
でもその前で人が立ち止まり、息を吸って、迷いながら一言を出すたびに、そこには“上手な声”ではなく“ほんとうの声”が残っていく。
言葉にならない時間も大事なのだと、結衣はそのとき初めて、頭ではなく体で少しだけわかった。
