前世の婚約者は王太子殿下でした

 レーナはその夜、また新たな夢を見た。それは、これまでかつてないほどの不思議な夢だった。
 しかも、こま切れのぼんやりしたものではなく、夢とは思えないほどはっきりとしていた。
 場所はどこかわからないが、ここエテルノ王国でないことはたしかだ。
 ブロンドの髪色の人や、ドレスを着た人はひとりもいなかった。遠い外国だろうか。顔だちもこの国の人たちとは丸きり違う。

「お嬢様、そんなのは俺がやりますよ。お着物が濡れます」

 屋敷の前で手桶と柄杓を持って水を撒いているところへ、小柄な少年があわてた様子で近寄ってくる。
 年齢は十二~十三歳くらいの男の子で、顔にはまだあどけなさが残っていた。
 彼の名前を知っているはずなのになぜだか思い出せない。なんという名だっただろう?

「打ち水もダメ? 昨日だって裏庭の草むしりをしていたら止められちゃって……」
「当たり前ですよ。草むしりなんかしたら、その真っ白で綺麗な手が傷だらけになるじゃないですか。俺が旦那様や奥様に叱られます」

 あきれたような笑みをたたえた少年が柄杓をそっと取り上げる。

「打ち水をすると涼しくなるのはどうしてかしらね」

 明るい口調で少年に問いかけたところで、真後ろからまた別の人物に「お嬢様」と声をかけられた。
 少年よりも何歳か年上の、かわいらしい顔立ちをした少女だった。
 彼女は自分に付いてくれている使用人だと、なぜかわからないがレーナは夢の中で自然に理解していた。

「髪型が崩れていますので結い直しましょう」
「ありがとう」
「上げ髪もいいですけど、お嬢様は“まがれいと”もきっとお似合いですよ」