三月の風は、まだ少し冷たかった。
颯斗先輩の卒業式は、明日だった。
つまり――
先輩がこの家にいる最後の日。
大学は県外。
春から一人暮らしになる。
家の中には、段ボールがいくつか置かれていた。
玄関の近くにも、大きなキャリーケース。
それを見るたびに、胸が少しだけ重くなる。
(本当に行っちゃうんだ)
リビングでは、母たちが楽しそうに話していた。
「大学生活楽しみだね」
「向こうでも頑張れよ」
そんな声が聞こえる。
でも、私はその輪に入れなかった。
静かに席を立つ。
「ちょっと外行ってくる」
母が振り向く。
「寒いよ?」
「大丈夫」
そう言って、玄関を出た。
夜の空気は冷たかった。
家の前の小さな道。
街灯の光だけが、ぼんやり照らしている。
深く息を吸う。
すると――
「藤沢」
後ろから声がした。
振り向く。
颯斗先輩だった。
ジャケットを羽織っている。
「外出ると思った」
少し笑っている。
「なんで分かったんですか」
「なんとなく」
先輩は隣に立った。
しばらく、二人で夜の道を見ていた。
静かな時間。
遠くで車の音だけが聞こえる。
「…明日だな」
先輩がぽつりと言う。
「はい」
「卒業」
胸がぎゅっとなる。
言葉が続かない。
沈黙が落ちる。
そのとき、先輩が言った。
「藤沢」
「はい」
「いや」
少し困ったように笑う。
「家だと呼び方変えた方がいいのか」
私は小さく笑った。
「どっちでもいいです」
「そっか」
また静かな時間。
そして、先輩が空を見る。
「なあ」
「はい」
「もしさ」
少しだけ声が低くなる。
「もし俺たちが」
そこで言葉が止まる。
でも、続きは分かっていた。
「兄妹じゃなかったら」
胸が大きく揺れる。
先輩は苦笑した。
「…変な話だな」
「先輩」
思わず声が出る。
でも、続きが言えない。
先輩はゆっくり言った。
「俺さ」
初めて聞く声だった。
少しだけ、苦しそうな声。
「気づくの遅かった」
胸が締めつけられる。
「体育祭の頃とか」
「雨の日とか」
小さく笑う。
「多分、あの辺から」
私は動けない。
言葉が出ない。
先輩は続ける。
「でも」
静かに言った。
「もう遅いよな」
風が吹く。
冷たい空気。
先輩は私を見た。
「俺たち、兄妹だから」
その言葉は、優しかった。
でも、すごく残酷だった。
涙が出そうになる。
でも泣けない。
泣いたら、全部崩れそうだから。
先輩は小さく笑った。
「だから」
少しだけ優しい声で言う。
「忘れろ」
胸が痛い。
「お前はまだ高校二年だし」
「俺なんかより、もっといいやついる」
私は首を振った。
「そんなの」
声が震える。
「そんなの…」
でも続きが言えない。
好き。
その一言が、どうしても言えない。
先輩はそれを見ていた。
そして、優しく言った。
「分かってる」
その一言で、涙がこぼれた。
慌てて拭く。
先輩はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ距離を取る。
それが最後の優しさみたいだった。
「寒いな」
先輩が言う。
「そろそろ入るか」
私は小さく頷いた。
「はい」
家のドアを開ける。
暖かい空気が流れてくる。
でも、胸の奥はずっと冷たいままだった。
明日になれば。
先輩はこの家を出ていく。
そしてきっと――
この恋も終わる。
颯斗先輩の卒業式は、明日だった。
つまり――
先輩がこの家にいる最後の日。
大学は県外。
春から一人暮らしになる。
家の中には、段ボールがいくつか置かれていた。
玄関の近くにも、大きなキャリーケース。
それを見るたびに、胸が少しだけ重くなる。
(本当に行っちゃうんだ)
リビングでは、母たちが楽しそうに話していた。
「大学生活楽しみだね」
「向こうでも頑張れよ」
そんな声が聞こえる。
でも、私はその輪に入れなかった。
静かに席を立つ。
「ちょっと外行ってくる」
母が振り向く。
「寒いよ?」
「大丈夫」
そう言って、玄関を出た。
夜の空気は冷たかった。
家の前の小さな道。
街灯の光だけが、ぼんやり照らしている。
深く息を吸う。
すると――
「藤沢」
後ろから声がした。
振り向く。
颯斗先輩だった。
ジャケットを羽織っている。
「外出ると思った」
少し笑っている。
「なんで分かったんですか」
「なんとなく」
先輩は隣に立った。
しばらく、二人で夜の道を見ていた。
静かな時間。
遠くで車の音だけが聞こえる。
「…明日だな」
先輩がぽつりと言う。
「はい」
「卒業」
胸がぎゅっとなる。
言葉が続かない。
沈黙が落ちる。
そのとき、先輩が言った。
「藤沢」
「はい」
「いや」
少し困ったように笑う。
「家だと呼び方変えた方がいいのか」
私は小さく笑った。
「どっちでもいいです」
「そっか」
また静かな時間。
そして、先輩が空を見る。
「なあ」
「はい」
「もしさ」
少しだけ声が低くなる。
「もし俺たちが」
そこで言葉が止まる。
でも、続きは分かっていた。
「兄妹じゃなかったら」
胸が大きく揺れる。
先輩は苦笑した。
「…変な話だな」
「先輩」
思わず声が出る。
でも、続きが言えない。
先輩はゆっくり言った。
「俺さ」
初めて聞く声だった。
少しだけ、苦しそうな声。
「気づくの遅かった」
胸が締めつけられる。
「体育祭の頃とか」
「雨の日とか」
小さく笑う。
「多分、あの辺から」
私は動けない。
言葉が出ない。
先輩は続ける。
「でも」
静かに言った。
「もう遅いよな」
風が吹く。
冷たい空気。
先輩は私を見た。
「俺たち、兄妹だから」
その言葉は、優しかった。
でも、すごく残酷だった。
涙が出そうになる。
でも泣けない。
泣いたら、全部崩れそうだから。
先輩は小さく笑った。
「だから」
少しだけ優しい声で言う。
「忘れろ」
胸が痛い。
「お前はまだ高校二年だし」
「俺なんかより、もっといいやついる」
私は首を振った。
「そんなの」
声が震える。
「そんなの…」
でも続きが言えない。
好き。
その一言が、どうしても言えない。
先輩はそれを見ていた。
そして、優しく言った。
「分かってる」
その一言で、涙がこぼれた。
慌てて拭く。
先輩はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ距離を取る。
それが最後の優しさみたいだった。
「寒いな」
先輩が言う。
「そろそろ入るか」
私は小さく頷いた。
「はい」
家のドアを開ける。
暖かい空気が流れてくる。
でも、胸の奥はずっと冷たいままだった。
明日になれば。
先輩はこの家を出ていく。
そしてきっと――
この恋も終わる。


