ヒストリアは、これまでの日々が嘘のように父親と過ごす時間を持てるようになった。
今まで姉がされていたように、ドレスも宝石も買い与えられ、流行りの菓子があればわざわざヒストリアのためだけに取り寄せられる。
「こちらはシルドバーニュ南部で栽培されている果実、アローラを使ったタルトでございます」
私的時間を過ごすための朝の間に使用人が茶菓子のセットを運び込むと、家政婦長のウィラー夫人が柔らかな声で説明を添えた。
ウィラー夫人は家政婦長としては若く、年齢は父よりも年下である。
手入れの行き届いたブロンドの髪をきっちりとひとつにまとめ上げ、上質なシルクで出来た黒いドレスを纏った夫人は美しく、使用人のなかでもひときわ輝く大人の女性としてヒストリアは憧れていた。
その視線に気づいたウィラー婦人は、ヒストリアに対し静かに口元を緩る。
「ヒストリア様、アローラは最近王宮にも献上された高級果実です。王都の洋菓子店でもこの果実を使った菓子が増えていると聞いております」
「ウィラー夫人に手配してもらったんだ。素晴らしい出来栄えだろう、流行りものだぞ」
その日も父親はヒストリアのためにわざわざ遠方から流行りの果物を取り寄せ、好物のタルトを作らせていた。
「ありがとうございます、お父様。でも……」
真っ赤な果実が美しく飾られたタルトは一つ。
タルト生地の香ばしさと甘さと酸味を含む上品な香りが鼻腔をくすぐるが、ヒストリアは部屋の窓際で長椅子に座り刺繍にいそしんでいたエリザベートへ遠慮気味に視線を向けた。
「エリザベートは構わないだろう。菓子なら今まで腐るほど食べてきたんだ。それにヒストリアは淑女教育を一年遅れて始めたというのにいつも頑張っていると聞く。これはご褒美だよ」
気付いた父親はすかさず言った。
「お父様のおっしゃる通りですわ。それにこの通り、私は刺繍で手が離せないし、気にしないでちょうだいね」
姉のエリザベートまでも至極当然のことだと同意を示し、ヒストリアはそれに安堵する。
これは特別扱いではない。正当なことなのだと幼い頭はそう認識した。
朝の間に来ると姉はきまって刺繍をしており、せっかくヒストリアが分け合おうと誘っても断られてしまうのはいつものことで、姉に親切にしても断られるなら仕方がないことなのだ。
「さぁヒストリア、私が手ずから食べさせてあげよう」
父はおもむろにヒストリアの腰を抱き寄せ傍に置き、フォークで切り取ったタルトを口元へ運ぶ。
まだ慣れない行為に戸惑っているとウィラー夫人が父を窘めるようにヒストリアに聞こえる声量でわざとらしい耳打ちをした。
「旦那様、ヒストリア様が真っ赤になっています。まるでアローラの妖精のようですよ」
「ウィラー夫人のいう通りだ。だがヒストリア、そんなに恥ずかしがることじゃない。ほら、口を開けてごらん」
くすぐったいような、居心地の悪いような、しかし甘やかされているという事実にヒストリアはエリザベートが何を考えているかなど想像しようともしなかった。
これらはすべてエリザベートが今まで享受してきた父の愛の一端。同じ娘なのだから自分にも与えられて当然だとなぜ今まで気づかなかったのかとすら単純に考えていた。
