冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~


ヒストリア・フランドールは、由緒正しきフランドール侯爵家の次女として生まれた。
この国では直系に男子が居ない場合のみ、直系の女性の継承権が認められていおり、これにあたる母親はフランドール家の女侯爵であったが、ヒストリアを産んだ時に鬼籍に入った。
生前の母親をヒストリアは一切知らない。
しかし社交界の噂では、鋼の淑女と呼ばれていたという。一方で、華やかで見目麗しい父親に心底惚れぬき、男爵家の三男という家格差さえものともせず父を迎え入れたとも聞いた。
その寵愛ぶりは凄まじく、父の望みを母はすべて叶えようとしたらしい。
一切の隙のない完璧令嬢と謳われていた母も所詮は女だったのだと父は得意げに語っていた。
父曰く、成功の秘訣は自分の立場を鑑みて何に手腕を振るうか、それを見定めることらしい。
実際、父は母より爵位が低いが母親への影響力は相当なものだった。だからこそ長女エリザベートの出産を境に衰弱した身でありながら、自分の身体を顧みず父の望みを叶えるため二人目の出産に挑んだのだ。
フランドール侯爵家は聖女の排出が多い名家だった。
そのためか男子の出生率はおそろしく低い。この国は爵位の継承が直系優先で女性の継承が認められているが、傍系に男子がいる場合はその男子が継承権第二位となる。
父親がもし様々な理由で娘を失った場合、侯爵家の継承権は親類の男子に移ってしまう。すでに母の妹の夫婦には男子がひとり存在しており、継承権第二位の有力候補の存在が許せなかったろう。
婚姻を結べど父親自身の爵位が変わるわけではない。自分が生きている間の爵位の継承を盤石なものとするため、男子を望み、二人目を設けようとした。
しかし生まれたのはヒストリアで、そのあと母は産後の経過が悪く亡くなってしまったという。

当然、入り婿であった父親の興味は被後見人である長女エリザベートだった。
父の心は常にエリザベートへ注がれていた。
ヒストリアはそのことを、姉の悲劇の物語の一部として使用人のうわさ話で聞いたことがある。
記憶をたどれば確かにそれは事実だったかもしれない。
父親はいつも姉に優しい言葉をかけ、他の令嬢に引けを取らせぬよう新作のドレスを次々に買い与え着飾らせ、一流の教師をつけては最高級の淑女教育を施そう尽力した。
そして毎年の誕生日には必ず大きなケーキを作らせて美しいリボンに包まれた贈り物が手渡されていたのだ。
それを羨んでいたことはヒストリアの断片的な記憶に確かに残っていた。
思い返せば、父に溺愛される姉とは反対に、ヒストリアは五歳まで存在しないものとして扱われていた。生まれてからの殆どを無視されて育ち、当然誕生日など祝われたことなどなかった。
きっと周りに言われなければ、三歳が対象となる聖力測定の儀も忘れ去られていたことだろう。
それほどに姉妹間の格差は激しく、使用人から憐れみの視線を向けられるほどのものであったという。しかし幼いヒストリアは自身の不遇をあまり深く憂いてはいなかったはずだ。
何故ならあの当時、ヒストリアにはエリザベートがいたのだ。
姉のエリザベートは本心からいつもヒストリアに心を砕き、その姿はまるで母親の代わりのようだったと当時の家政婦長が懐かしむほどで、幼少期の小さな世界ではエリザベートから注がれる愛情のみで十分に生きていけたのだ。
幸せだと感じていた。