冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

―――その名で呼ばれていたのはもう随分と昔の話。
シルドバーニュ西部に位置する隣国、アルタイルの第三王子としてシリウスは生まれた。

軍事国家のアルタイルを統べるのは冷徹で合理的な国王。

実力主義のこの国では、文武に秀でた王子を次代の王に据えるため、正妃の他に優秀な女性を側室に迎え、序列を競わせる慣習を持つ。

野心的な側妃との間に生まれ、権力目当ての母親の命により、物心つくころから各分野に卓越した教師が張り付き、学術と武術を仕込まれる日々を送っていた。

市井の子供が過ごす幼少期とはかけ離れ、正妃の兄二人と関わることすらなく、本を開くか武術に勤しむか。
幸運だったのはシリウス自身が、生まれ気質か環境の影響か、感情の起伏が極めて小さな性格であった事だ。

要求される事は全て王族の責務だと言われれば納得し、与えられた地位と生活の対価だと考え母親の指示に淡々と従った。
理由に矛盾さえなければ高度な要求を受け入れ続けたのだ。

そんなシリウスの周りが騒がしくなったのは、国王が求める最高峰の王子と言われはじめた頃だった。

正妃の子であった兄達を抑え立太するのではと囁かれるようになり、側妃の子という序列を覆し始めた事で嫉妬の対象に。

国内の勢力は側妃派と正妃派に割れ、腹の底を探り合う者達に囲まれる。
食事に毒を盛られることも特に珍しいことではなかった。


しかし、シリウスが十歳の頃、ワルム山脈のドラゴンを見に山へ行ったことで思いもよらぬ形で呆気なく王座への道は閉ざされた。

黒い靄のようなものを浴びて魔法使いと呼ばれる存在になってしまったのだ。
淡い稲穂の髪は黒に、緋色の瞳は黄金色に。

母は嘆き離宮に引き篭もるようになり、そして魔力を宿した息子を国王は殺すことにした。

秘密裏に処刑される事を知り幽閉されたシリウスだったが、絶望することはなく、そうだろうなと達観していた。

瘴気が蔓延する元凶となった魔法使いを嫌う国は多い。
合理的な判断だ。

王族に魔法使いになった者が居るなど混乱を招くだけ。
いくら特異な力を持っていようが、災いの火種は即刻対処するに限る。
国王の判断は正しい。

しかし、そんなシリウスを守ろうとした者が居た。

かつてシリウスの乳母だった女性だ。
彼女はシリウスを城から連れ出して、大怪我を負いながらもアルタイルから亡命させようと馬を走らせたのだ。

シリウスには彼女が何故そのような行動を取ったのか理解出来なかった。

「どうか助けてください。この子はまだ死ぬべき人ではありません。私の息子も同然なのです……どうかっ!!」

生き延びる気のないシリウスはとっくに諦めていたが、彼女は武装した女性を見つけると息絶え絶えに頼み込んだ。

その出立ちから傭兵とでも思ったのだろう。
見ず知らずの人間相手に金貨の入った袋を差し出し、必死に懇願する姿にますます動揺した。

既に追手は近くまで迫っていた。
武装した女は金貨を受け取ったが、シリウスは女がそのまま金を持って逃げると思った。

しかし女は国の紋章を掲げる追手に立ち塞がったのだ。

「いいよ、守ればいいんだね。あんたは休みな」

安堵したように事切れた乳母を背に女は告げ、追手を鮮やかに切り伏せるとシリウスを連れて逃亡した。
それが大聖女セシルとの出会いだ。



それからシリウスは一方的に世話を焼かれ始めた。
乳母の命と引き換えに生き残ってしまったことを、喜ぶべきか憂うべきか分からないシリウスを連れてセシルは旅をする。

シリウスを助けるなどセシルはお人よしなのかと思えば、少し打算的な人物だった。

「で、あんた何が出来るの?魔法使いってほら、特別な力があるじゃない?……えーっ!?自分でも分かってない?期待したのにさぁ……ま、いいや。私けっこう魔法使いには詳しいのよ、教えてあげる」

魔法使いがその力を発揮するにはどうすればいいのか、セシルは教えてくれた。

「あんたって身分捨てたわけでしょう?なぁんか上品ぶってんのがねぇ……鼻につくっていうか目立つというか……そうだ、まず自分のこと俺って言いなよ」

”私”という呼称が気に入らないと言って、世間に馴染むことの重要性を説いた。

「名前も変えよう。思いついたんだけど、ルーメンってのはどう?そうそう、光の尺度って意味ね。悪くないでしょう」

そして新たな名を与えてくれた。

「あんたが料理するって!?もう覚えたの?あれ、まさか私……下手だった?」

セシルは少し不器用で、ざっくばらんな一面が手先にも出ていた。



「――ずっと考えているが分からないから教えてくれ。なぜ俺の乳母は死んでまで俺を逃したんだ。生き延びたって俺が城に戻れる日はない。彼女になんの特もないだろう。無駄死にってやつじゃないか?」

旅の途中でシリウスがセシルに尋ねると、彼女は眉尻を下げて盛大な溜息を零した。

「擦れてるねぇ……」
「それに、あんたもなんで俺を助けたんだ」

見ず知らずの訳ありの人間を。
フードを被っていたとはいえ、魔法使いであることも明らかな状況。
それに兵はアルタイルの紋章をつけていた。
面倒に巻き込まれるのは御免だと考えるのが普通だろう。

「言ったでしょう、お互い弾かれ者同士だって。魔法使いは私の盾に出来そうだからよ」
「あんたは強いだろう……」

盾と言われますます訳が分からない。セシルは剣技に長けている。
攻撃の手駒でなく自分を守らせるつもりなのか。

「あっそう。でも実際、ルーメンの魔法は鍛えれば使い方次第で無敵だと思うし、価値ある逸材なんだよ」
「後付けの理由だ……助けた意味の答えになってない」

「あたしの自由を守る無敵の盾に育てたいの。そしてあたしは夢を叶える」

つまるところ、セシルは大聖女だった。
消滅した国、エルバを出奔した大聖女の孫で、セシルもまた、大聖女だったというのだ。

そしてセシルは瘴気の元凶といわれる門を閉じることを自分の夢だと言った。

「故郷を見てみたいんだ。階級制度さえなきゃ美しい国だって祖母が言ってたからね。ごく少数だけど生き残ったエルバの民はいるし、今は散り散りになって移民として生きてるみたい。移民ってね、立場が弱いのよ……あたしなんて大聖女の力があるってバレたら即監禁ものよ」

故郷を見たいという小さな目的のために大義を掲げるセシル。
その大きすぎる夢は実現出来ないだろうとシリウスは一歩引いた眼で見ていた。

だが、セシルはシリウスに向かって笑いかける。

「現実的じゃないって?いいじゃない、夢みたって。実際これがけっこう楽しいんだよね。ルーメンは教えたら覚えようとしてくれるし、鍛え甲斐がある。私は自分のために祈って瘴気をこの世から消す!努力を止めない人間こそが、自由と強さを手に出来るんだよ」

年上の女の助言ともいえる言葉を理解するのはもう少し先の事だった。