その陰陽師、女性につき

その数日後、ようやく私は京に辿り着いた。
「よいしょっと」
そんな掛け声と共に、乗っていた荷台から風呂敷包みを背負って地面に飛び降りた。
荷物は元々多くを持っておらず、道中の食事は父から渡されたお金でまかなったので、持ち出したのは風呂敷に包めるくらいの衣服と非常食の干し柿が入った(つぼ)のみだ。
始めは徒歩で向かっていたのだが、国境(くにざかい)を越える頃には足が棒になっていた。
野宿も覚悟したその時、たまたま商人のおっちゃんと出会い、京まで運んでもらった訳だ。
「おっちゃん、ありがとうございました!」
「おう!」
おっちゃんにお礼を言い、そこで別れた。
私の前を、綺麗な服を着た人達が牛車の脇を通りながら行き交い、こちらをジロジロ見てくる。
きっと京に出て来た田舎娘が珍しいのだろう。
こちらとしても田舎者なのは重々承知なので、特に視線を気にすることなく周りを観光する。
京の通りには、見たこともない店が並んでいた。
焼いた魚の匂い、甘い菓子の匂い、香の匂いまで入り混じって、鼻が忙しい。
「……すごいな、京」
きょろきょろと辺りを見回す。
すると、道の端に小さな露店があった。
串に刺さった丸い団子が、炭火の上でこんがり焼けている。
「……あれ、美味しそう」
私は財布代わりの巾着を取り出し、露店のおばちゃんに声をかけた。
「これ、一つください!」
「はいよ」
渡された団子を一口かじる。
「……うまっ!」
甘い味噌だれが口いっぱいに広がった。
夢中で食べながら歩き、次の露店を見つけては立ち止まり、また歩く。
焼き栗をいくつか買い、非常食として(ふところ)にしまうと、私はまた通りを歩き出した。
京の通りは人が多い。
牛車がゆっくりと通り、貴族らしき人が(おうぎ)で顔を隠しながら乗っている。
行き交う人の服も、村では見ないような綺麗なものばかりだ。
もぐもぐ食べながら、私はさらに奥の通りへと歩いていった。
京の道は碁盤の目のように整っていると聞いていたが、実際に歩いてみると似たような通りばかりで、どこをどう歩いたのか自分でも分からなくなる。
「……あれ?」
私はふと足を止めた。
さっきまで賑やかだった通りとは違い、今いる場所は少し人通りが少ない。
店の並びも、どことなく見覚えがない。
振り返ってみた。
嫌な予感がする。
右を見る。
知らない道。
左を見る。
知らない道。
後ろを見る。
やっぱり知らない道。
数秒考えてから、私は空を仰いだ。
「迷った......」
思わず呟く。
いや、まだ慌てることはない。
京に来たばかりなのだから、少しくらい道に迷うのは当然だ。
「そこの(わらべ)、どうしたの?」
そんな声が背後から聞こえてきたので、振り向くと、白い狩衣姿の男の子が立っていた。
年は私より少し上のようだ。
髪は肩のあたりまで伸び、結ばれている。
真っ白な狩衣に草履(ぞうり)という、村では見たこともない格好だ。
じっとこちらを見ている目は、妙に落ち着いていた。
「えっと……」
私は少し迷ってから、正直に言った。
「迷いました」
「......迷ったんだね」
男の子は小さく息をついた。
「京の道は初めての人には分かりづらいからね。どこへ行くつもりだったの?」
あれ、どうしてこの人は私が初めてだって知っているんだろうか?
そんな疑問が顔に出ていたのか、男の子は少しだけ口元を緩めた。
「分かるよ。それくらい」
「えっ」
「さっきから同じところをぐるぐる回ってるからね」
淡々と言われ、私は思わず固まった。
「.......見てたんですか」
「うん」
さらっと頷かれる。
恥ずかしくなって、穴があったら入りたかった。
「えっと、それで......行きたい場所なんですけど」
「うん」
「陰陽寮って、どこにあるか知りませんか?」
その瞬間、男の子の目がほんの少しだけ細くなった。
「陰陽寮?」
「はい!」
私は勢いよく頷いた。
「父が、京に行ったら陰陽寮へ行けと言っていたんです」
そう言って、懐からくしゃっとなった文を取り出す。
「これも預かってます」
男の子は文をちらりと見て、それから私の顔をじっと見た。
しばらく沈黙が流れる。
やがて彼は小さく息をついた。
「......なるほどね」
「?」
「ついておいで」
くるりと踵を返す。
「え?」
「陰陽寮に行くんだろう?」
男の子は振り返りもせず言った。
「案内してあげる」
私は一瞬ぽかんとしたが、すぐに顔を明るくした。
「ほんとですか!?」
「声が大きいよ」
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて口を押さえながら、私は男の子の後を追いかけた。
京の道をいくつか曲がり、しばらく歩く。
さっきまでの賑やかな通りとは違い、次第に人通りが少なくなっていった。
やがて、背の高い塀に囲まれた大きな建物の前で、男の子は足を止めた。
門の上には木の札が掛けられている。
そこには、こう書かれていた。
――陰陽寮。
「ここだよ」
男の子が言う。
私は思わず門を見上げた。
「おぉ!ここが陰陽寮!!」
思わず声が大きくなる。
門の向こうには、いくつもの建物が並んでいた。
庭には木が植えられ、どこか静かな空気が流れている。
さっきまで歩いていた京の通りとは、まるで別の場所みたいだった。
「静かですね……」
思わず呟くと、男の子はあっさり言った。
「役所だからね」
「役所……」
私は少し緊張しながら門の中を覗き込んだ。
「入らないの?」
男の子が言う。
「え?」
「ここまで来たのに」
「あ、入ります!」
慌てて門をくぐろうとすると、門の脇に立っていた男がこちらを見た。
「何の用だ」
低い声だった。
私はびくっとして立ち止まる。
「えっと……」
懐から文を取り出す。
「これを、渡すように言われて……」
門番らしい男は文を受け取ると、じっとそれを見た。
そして眉をひそめる。
「……おい」
そう言って、私の後ろに立っている男の子を見た。
「お前、これを知っているのか」
「迷っていたので拾いました」
「拾う!?」
門番はもう一度文を見て、それから私を見る。
「お前、名前は何だ」
「あ、芦屋道満です!」
「芦屋殿の.......!」
門番は父に対して心当たりがあるのか、快く中に入れてくれた。
「そういえば、名前、なんていうの?」
「僕?」
「うん」
まさか名前を聞かれると思ってなかったのか、男の子はキョトンと自分を指差した。
晴明(せいめい)
「え?」
安倍晴明(あべのせいめい)。よろしくね」
「へぇ!晴明くんか〜。よろしくね!」
「道満は何歳?」
「十四だよ」
「小さいね」
クスクス笑う晴明。
で、出会って数刻の男の子に小さいって言われた......。