その陰陽師、女性につき

播磨国(はりまのくに)岸村に暮らす、十四歳のお年頃の私には大きな悩みがある。
それは、名前が芦屋(あしや)道満(どうまん)だということだ。
それだけ。
そうだよ、本当は梅とか(つばめ)とか可愛らしい名前を付けてほしかったんだよ!!
でも、生まれた時に父は私を男だと勘違いしたみたいで....。
生まれて十四年、この名前のせいでどれだけ困ったか。
名前についての不平不満なら、三日三晩夜通し話せる自信がある。
まぁ、男なのに「妹」なんて名前を付けられた小野妹子もいるし。
きっと私と同じような気持ちだったんだろうなぁ、なんて、会ったこともない妹子に勝手に同情してみたりする。
こうした複雑な事情を抱えた私だが、この狭い村では、生まれた頃から同じ顔を見て育ち、ゆえに誰と誰がくっつくかなんて昔から決まっているようなもの。
そんな環境で私は、結婚相手としてお得物件とはお世辞にも言えない存在である。
理由としては、単に性格が活発で、近所のガキ大将と一緒になって川で魚を獲ったり山で木の実を採ったりしているから......というのもあるが、もちろんそれだけではない。
最大の理由は、名前だ。
しかも容姿が人目を惹く華やかさであるわけでもなく、年相応の平凡な顔立ちに、女の魅力がさして感じられない平坦な身体つき。
......うん、我ながら救いがない。
「何で私は男じゃなかったんだよぉぉぉ!!」
男子なら元服をすれば幼名から名前を変えられる。何なら自分で付けられる!!
それなのに私は女。
一生この男みたいな名前で生きていかなければならないなんて――。
そんな訳で同世代の娘達が結婚相手をさっさと決めて行く中、未だに父と寂しく暮らしている私の元に、父がやって来て言った。
「京に行かないか?」
「......は?」
思わず間の抜けた声が出た。
そんな私を首を傾げて見ていた父は腕を組み、いかにも名案を思いついた顔をする。
「京に行って、陰陽寮に入れ」
勿論、そんなことは丁重にお断りさせて頂くつもりだが、話を聞けば、父が京でやらかしたようだ。
父と同業者の陰陽師達と話している時に、子供自慢の流れになったそうで、つい勢い余って「自分の息子は天才」だと言ったらしい。
今さら「やっぱり嘘でした」と言えば、父の面子(めんつ)は丸潰れ。
陰陽師仲間からも散々笑い者にされるだろう。
今まで育ててくれた父に、そこまで恥をかかせるのも......まあ、多少は気が引ける。
という訳で。
私は渋々、陰陽寮に入ることを承諾した。
京に行くにあたり、私は髪をばっさり切られ、男物の着物まで着せられていた。
陰陽寮はあくまで官職であり、女性は就けないのだ。
つまり、男のフリをしろということで。
鏡に映る自分は、どう見ても田舎の少年である。
「まぁ、あそこには童子丸(どうしまる)くんもいたから大丈夫大丈夫!」
父はけらりと笑っている。
そもそも、この話の発端が父の嘘なのだ。
その嘘を誤魔化すために、私は今こうして男装までして京へ行こうとしている。
……冷静に考えると、だいぶ酷い話である。
「童子丸?」
聞き覚えがありそうで思い出せずに首を傾げる。
「ほら、小さい頃によく遊んでもらった男の子だよ。二つ上の」
父は「覚えていないの!?」と信じられない顔をしているが、私は全く覚えていない。
「ほらー、よく『陰陽師ごっこ』とか言って、どっちが凄い陰陽師になれるか勝負してたじゃん」
「あー....」
言われてみれば、そんなこともあったような、なかったような。
ぼんやりとした記憶の奥に、確かに一人の少年の姿が浮かんだ。
やけに落ち着いた顔をした子で、同い年の子供達が泥だらけになって騒いでいる横で、ひとりだけ木陰に座っていたりした気がする。
それなのに、なぜか遊びに誘うと普通に付き合ってくれて。
あ、あと星や天体には詳しかったような......。
「向こうも、お前のこと覚えてるだろ」
「えぇ……」
私は思いきり顔をしかめた。
「覚えてなくていいのに」
むしろ、忘れていてほしい。
あの頃の私は、泥だらけで川を走り回り、木に登り、虫を捕まえていた完全なるガキ大将だったのだから。