偽りのお嬢様〜不器用な御曹司は、素顔の私を離さない〜


あまりの近さに、心臓が耳元で暴れだしたみたい。

「はい、取れましたよ」

景斗さんはそれだけ言って、手を引いた。顔は涼しいままだけど、耳のあたりがわずかに赤い。

「……あ、ありがとうございます」

私は慌てて、お茶を一口飲んだ。

しばらくして、景斗さんがベンチに座ったまま口を開いた。

「俺、こういう時間が一番好きかもしれない」

「どういう時間ですか?」

「特別なことは何もないけど、隣に気を張らなくていい誰かがいる時間」

それを聞いた瞬間、心の中でぱっと花が咲いた気がした。

……私も。私も同じだよ、景斗さん。

喉まで出かかった言葉を、飲み込む。

『気を張らなくていい相手』に、私は選ばれたんだ。それが、飛び上がりたいくらい嬉しい。

けれど、それと同じくらいの鋭い痛みが、胸の奥を突き刺した。

景斗さんが「気を張らなくていい」と思っているのは、目の前にいるお嬢様の「真白さん」であって、本当の私──結城陽葵じゃない。

この心地いい沈黙も、優しい時間も、全部「嘘」の上に成り立っている。

そう思うと、握りしめたペットボトルがひどく冷たく感じられた。