「動かないでくださいね」
「え。動いてましたか?」
「うん。緊張してる?」
「……してます」
正直に言うと、景斗さんが声を出して笑った。
「俺も緊張してます。人を描くときは、いつも」
「そうなんですか? 意外です」
「ちゃんと、見なきゃいけないから。その人のことを」
風が吹いた。公園の木々が揺れて、葉が数枚舞い上がった。橙色の葉が、ひらひらと落ちていく。
景斗さんの鉛筆の音だけが、しばらく続いた。
「できました」
スケッチブックを差し出す前に、景斗さんの手が一瞬止まった。
今まで一人で抱えてきたものを、今、手放そうとしている。その一瞬が、そんなふうに見えた。
スケッチブックがゆっくりと私のほうへ向けられた。
「どうぞ」
受け取ると、街を眺めている自分の横顔が紙の上にあった。眼鏡をかけた、陽葵の顔。マフラーに埋もれた首。風に揺れる髪。
私は、しばらくその絵を見つめた。自分の顔なのに、なんだか知らない誰かを見ているみたい。
「こんな顔、してますか、私」
「してるよ……可愛い」
「……か、かわ!?」
まさか、あの景斗さんの口から、甘い言葉が出てくるなんて。



