誰かでも友人でもなく、「君に」
それだけで、このスケッチブック全部が、私に向けられた言葉みたいに思えた。
景斗さんは相変わらず、スケッチブックの端のほうを見ている。彼の耳が少し赤かった。私も、きっと赤い。
胸のあたりが、ふわっと温かくなった。
私は、もう一枚ページをめくった。
「今日、君を描いてもいいですか?」
景斗さんが新しいページを開きながら、聞いた。
「……私を、ですか?」
「うん。ずっと描いてみたかったから」
「ずっと」という言葉が、足の先からゆっくりと上がってくるみたいだった。
「こんな顔で大丈夫ですか? 地味だし、眼鏡だし」
「地味じゃない」
景斗さんは、スケッチブックから目を上げずに言った。迷いのない声だった。
「……どんなポーズをすればいいですか」
「自然にしていてください。こっちを見なくていいです。さっきみたいに、街の景色を眺めてて」
私は、柵の向こうに目を向けた。遠くの山が、午後の光の中にある。空は澄んでいて、雲が一つ、ゆっくり流れていた。
鉛筆が動く音がする。かすかな、さらさらという音。



