任務終了の報告を終えてから、数日が過ぎていた。
王宮の生活は、何事もなかったかのように続いている。
体は元の持ち場に戻っているのに、どこかだけが落ち着かない。
理由は分かっている。
分かっているからこそ、意識しないようにしていた。
その日の午後。
提出書類を届けた帰り、庭園を横切ろうとした。
ただの近道だった。
約束はしていない。
会う理由もない。
それでも、足がそちらへ向いた。
風が、木々を揺らす。
その音がやけに鮮明に聞こえる。
「……ノイン様」
呼ばれた声に、足が止まる。
振り向く。
そこにいたのは、エーファだった。
ほんの一瞬。
その目が、大きく揺れる。
エーファの息が止まり、次の瞬間、ゆっくりと吐き出される。
肩の力が抜けるのが、はっきりと分かった。
「……ご無事でよかった」
それだけだった。
けれど、その声に含まれたものを、ノインは感じ取る。
ああ、と胸の奥が静かに震える。
(戻ってきた)
その実感は、自分の体の無事ではなく、彼女の表情を見た瞬間に、はじめて形を持った。
自分は、この人に無事を願われていた。
視線が外せない。
前よりも、まっすぐに。
胸の奥で、何かが静かに落ちる。
逃げ場のない確信だった。
自分は彼女を好きなのだと、胸の奥で静かに認めた。
戻りたかったのは、彼女の姿を捉えられる場所だった。
けれど。
彼女が自分をどう思っているのかは、分からない。
勘違いかもしれないし、ただの気遣いかもしれない。
それだけは、どうしても越えられない。
何を話したらいいのか、言葉を探す。
ノインは、胸元に手をやる。
取り出したのは、あの守り石。
任務の間、何度も握った小さな石。
掌に乗せ、エーファへ差し出す。
「……お守りを」
声が少し低くなる。
「守ってくれました」
それは事実だった。
眠れない夜も。
迷いかけた瞬間も。
石に触れると、不思議と呼吸が整った。
「ですから」
「お返しします」
エーファの指先が、わずかに動く。
けれど、石を取ろうとはしない。
「……いいえ」
小さく、首を振る。
「前にも、お伝えしました」
視線は石ではなく、ノインを見る。
「それは、お返しはいりません」
迷いのない声だった。
それから、ほんのわずかに息を吸う。
「もし、よろしければ」
「……これからも、持っていてくれませんか」
胸が強く打つ。
返すつもりだった。
区切りをつけるつもりだった。
けれど。
彼女は、それを望まなかった。
ノインは石を見下ろす。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
声は低い。
だが、迷いはない。
石を胸元へ戻す。
その動作は、先ほどよりも自然だった。
エーファの肩が、ほんのわずかに緩む。
それを見て、ノインは思う。
(勘違いかもしれない)
それでも。
この石を持っていてほしいと願われた。
それだけで、十分だった。
まだ、言葉にはしない。
けれど。
自分の気持ちは、もう誤魔化さない。
王宮の生活は、何事もなかったかのように続いている。
体は元の持ち場に戻っているのに、どこかだけが落ち着かない。
理由は分かっている。
分かっているからこそ、意識しないようにしていた。
その日の午後。
提出書類を届けた帰り、庭園を横切ろうとした。
ただの近道だった。
約束はしていない。
会う理由もない。
それでも、足がそちらへ向いた。
風が、木々を揺らす。
その音がやけに鮮明に聞こえる。
「……ノイン様」
呼ばれた声に、足が止まる。
振り向く。
そこにいたのは、エーファだった。
ほんの一瞬。
その目が、大きく揺れる。
エーファの息が止まり、次の瞬間、ゆっくりと吐き出される。
肩の力が抜けるのが、はっきりと分かった。
「……ご無事でよかった」
それだけだった。
けれど、その声に含まれたものを、ノインは感じ取る。
ああ、と胸の奥が静かに震える。
(戻ってきた)
その実感は、自分の体の無事ではなく、彼女の表情を見た瞬間に、はじめて形を持った。
自分は、この人に無事を願われていた。
視線が外せない。
前よりも、まっすぐに。
胸の奥で、何かが静かに落ちる。
逃げ場のない確信だった。
自分は彼女を好きなのだと、胸の奥で静かに認めた。
戻りたかったのは、彼女の姿を捉えられる場所だった。
けれど。
彼女が自分をどう思っているのかは、分からない。
勘違いかもしれないし、ただの気遣いかもしれない。
それだけは、どうしても越えられない。
何を話したらいいのか、言葉を探す。
ノインは、胸元に手をやる。
取り出したのは、あの守り石。
任務の間、何度も握った小さな石。
掌に乗せ、エーファへ差し出す。
「……お守りを」
声が少し低くなる。
「守ってくれました」
それは事実だった。
眠れない夜も。
迷いかけた瞬間も。
石に触れると、不思議と呼吸が整った。
「ですから」
「お返しします」
エーファの指先が、わずかに動く。
けれど、石を取ろうとはしない。
「……いいえ」
小さく、首を振る。
「前にも、お伝えしました」
視線は石ではなく、ノインを見る。
「それは、お返しはいりません」
迷いのない声だった。
それから、ほんのわずかに息を吸う。
「もし、よろしければ」
「……これからも、持っていてくれませんか」
胸が強く打つ。
返すつもりだった。
区切りをつけるつもりだった。
けれど。
彼女は、それを望まなかった。
ノインは石を見下ろす。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
声は低い。
だが、迷いはない。
石を胸元へ戻す。
その動作は、先ほどよりも自然だった。
エーファの肩が、ほんのわずかに緩む。
それを見て、ノインは思う。
(勘違いかもしれない)
それでも。
この石を持っていてほしいと願われた。
それだけで、十分だった。
まだ、言葉にはしない。
けれど。
自分の気持ちは、もう誤魔化さない。


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