由美は茫然としているサラの面倒を見てくれて、火葬の手続きもすべて由美がやってくれたのだと思う。
由美には5日間ほど付き合ってもらったがレストランの事もあるので先に帰って貰った。
その頃にはサラも状況を受け入れるようになったのだ。
そしてサラはもう1週間ホテルで母が見つかるのを待ったが、母の行方は知れなかった。
担当の警察官は“必ず見つけるからサンフランシスコで待っていなさい“と言ってくれたので、心残りだったがサラは家に帰った。
それからも大学の休みの時には一人でニューヨークに行って警察官に捜査状況を聞いたりしていたが、一人で歩き回るのは絶対にダメだと言われていたので、ただホテルで待つしかできなかった。
そうして約1年後母が見つかったと担当の警察官から電話があった。
すぐにニューヨークに来るようにと言われて由美はロスからサラはサンフランシスコからニューヨークへ向かった。
警察官は空港まで迎えに来てくれて、パトカーで母のいる病院まで連れて行ってくれた。
ベッドに横たわっていたのは、母の面影が少しあるくらいでまるで別人のように痩せて心を壊した一人の女性だった。
母は麻薬漬けにされて部屋に鎖でつながれて客を取らされていたようだ。
その客も嗜虐趣味のある変態の男達だったようで、母の体は傷や痣やタバコの火を押し付けられたようなやけどの跡が体中についていた。
そんな母の姿にサラと由美は二人で抱き合って号泣した。
誰がどうして母をこんな目に合わせたのか、どんなに母の名前を呼んでも話しかけても、天井をじっと見上げているだけで母は言葉を発することは無かった。
心を閉ざしていなければ生きていけなかったのだろう母の境遇を想うと、サラも由美も胸が痛くて息もできないほどだった。
そうして母はサラたちが病院に着いた3日後に静かに目を閉じた。
そして最後の息で“リッキー”と嬉しそうに父の名前を呼んで父のもとに旅立っていった。
父の死後の1年を地獄の中で生きた母を、父が最後に迎えに来てくれたのだろう。
サラや由美がどんなに声を掛けても返事一つできなかった母が、はっきりと幸せそうに”リッキー”と言ったのだ。
サラはその時の母の表情と声を一生忘れないだろうと思った。
由美には5日間ほど付き合ってもらったがレストランの事もあるので先に帰って貰った。
その頃にはサラも状況を受け入れるようになったのだ。
そしてサラはもう1週間ホテルで母が見つかるのを待ったが、母の行方は知れなかった。
担当の警察官は“必ず見つけるからサンフランシスコで待っていなさい“と言ってくれたので、心残りだったがサラは家に帰った。
それからも大学の休みの時には一人でニューヨークに行って警察官に捜査状況を聞いたりしていたが、一人で歩き回るのは絶対にダメだと言われていたので、ただホテルで待つしかできなかった。
そうして約1年後母が見つかったと担当の警察官から電話があった。
すぐにニューヨークに来るようにと言われて由美はロスからサラはサンフランシスコからニューヨークへ向かった。
警察官は空港まで迎えに来てくれて、パトカーで母のいる病院まで連れて行ってくれた。
ベッドに横たわっていたのは、母の面影が少しあるくらいでまるで別人のように痩せて心を壊した一人の女性だった。
母は麻薬漬けにされて部屋に鎖でつながれて客を取らされていたようだ。
その客も嗜虐趣味のある変態の男達だったようで、母の体は傷や痣やタバコの火を押し付けられたようなやけどの跡が体中についていた。
そんな母の姿にサラと由美は二人で抱き合って号泣した。
誰がどうして母をこんな目に合わせたのか、どんなに母の名前を呼んでも話しかけても、天井をじっと見上げているだけで母は言葉を発することは無かった。
心を閉ざしていなければ生きていけなかったのだろう母の境遇を想うと、サラも由美も胸が痛くて息もできないほどだった。
そうして母はサラたちが病院に着いた3日後に静かに目を閉じた。
そして最後の息で“リッキー”と嬉しそうに父の名前を呼んで父のもとに旅立っていった。
父の死後の1年を地獄の中で生きた母を、父が最後に迎えに来てくれたのだろう。
サラや由美がどんなに声を掛けても返事一つできなかった母が、はっきりと幸せそうに”リッキー”と言ったのだ。
サラはその時の母の表情と声を一生忘れないだろうと思った。



